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光海君は即位すると破綻した

財政再建と現実的な外交施策を展開し、また党争の終結に力を入れようとしていた。しかし党争終結の為に王権を強化するには大規模な粛清を行わざるをえなかった。その範囲が反対派閥、兄弟にまで及んだ1615年まで続く粛清によって、大北派と光海君は一応の政権の安定を確保する事になる。一方で弱体化した明とそれに乗じ..
update:2009年08月23日
【名言ことわざ】
人は病の器